医療法務コラム
個別指導の留意点(傷病名の記載に関して)
1.はじめに
地方厚生局による個別指導においては、保険医療機関の側で診療録を持参することが義務付けられており、診療録の記載についても厳格なチェックがなされます。
診療録の記載に関するルールは複雑ですが、個別指導において問題が指摘されることで、再指導や監査の対象となってしまうと、その対応のために通常の業務を圧迫したり、最悪の場合には医院の存続に支障を来す不利益処分を受ける事態にも発展しかねないため、日頃から記載の内容及び方法につき十分に注意しておく必要があります。
以下では、このような診療録への記載について、特に傷病名の記載に焦点をあてて、個別指導対策の観点から解説していきます。
2.診療録の記載について
診療録は、医療過誤訴訟等の場面で治療内容を事後的に検証する上で重要な証拠とされているとともに、診療録に記載されている医療行為についてのみ診療報酬を請求することが許される(記載されていない医療行為は、実施したものと扱われない)ため、その記載は十分かつ正確であることが厳格に求められています。
また、診療録の様式については、療養担当規則に定めが置かれており、「保険医は、患者の診療を行った場合には、遅滞なく、様式第一号又はこれに準ずる様式の診療録に、当該診療に関し必要な事項を記載しなければならない」とされ、もちろんこの「様式第一号」においては「傷病名」の記載欄が設けられています。
3.傷病名の記載(総論)
診療録には傷病名の適切で正確な記載が求められます。記載された傷病名につき医学的な診断根拠・妥当性を欠く場合や、「疑い」の傷病名を確定傷病名として記載するなどの不適切な記載については、個別指導で指摘を受けることになります。
また、記載された傷病名が医学的に妥当であるとしても、診療録と診療報酬明細書の記載が一致しない場合、医師以外が傷病名を記載している場合、記載漏れがある場合には、個別指導において不適切とされる可能性があります。
厚生労働省の「保険診療の理解のために」においては、傷病名記載上の留意点として、以下の点が挙げられています。
・医学的に妥当適切な傷病名を主治医自らつけること。請求担当者が主治医に確認することなく傷病名をつけることは厳に慎むこと。
・診断の都度、診療録(電子カルテを含む。)の所定の様式に記載すること。なお、電子カルテ未導入の医療機関において、「医療情報システムの安全管理に関するガイドライン」に未準拠のオーダーエントリーシステムに傷病名を入力・保存しても、診療録への傷病名の記載とはみなされないため、必ず診療録に記載すること。
・必要に応じて慢性・急性の区別、部位・左右の区別をすること。
・診療開始年月日、終了年月日を適切に記載すること
・傷病の転帰を記載し、病名を逐一整理すること。特に、急性病名が長期間にわたり継続する場合には、医学的妥当性のある傷病名となっているか適宜見直しをすること。
・疑い病名は、診断がついた時点で、速やかに確定病名に変更すること。また、当該病名に相当しないと判断した場合は、その段階で中止すること。
更に、「保険診療の理解のために」では、医学的に妥当適切な傷病名等のみでは診療内容の説明が不十分であると思われる場合は、請求点数の高低にかかわらず、「症状詳記」で補う必要があるとされており、以下の点が留意事項として挙げられています。
・当該診療行為が必要な具体的理由を、簡潔明瞭かつ正確に記述すること
・客観的事実(検査結果等)を中心に記載すること。
・診療録の記載やレセプトの内容と矛盾しないこと
・虚偽の内容を記載しないこと
4.傷病名の記載(各論)
(1) 記載等について
個別指導においては、「傷病名」欄への記載につき、1行に1傷病名を記載することが遵守されていない、傷病に対する診療が終了した場合には本来転帰を記載すべきであるのにこれをせず、傷病名を診療録の「傷病名」欄から削除している、医師ではなく請求事務担当者が転帰を記載しているといった場合につき、記載として不適切であるとの指摘がなされています。
(2) 内容について
個別指導では、骨粗鬆症、骨髄異形成症候群、狭心症等について、医学的な診断根拠がない傷病名であり、悪性食道腫瘍、悪性胃腫瘍、閉栓性梗塞等について、医学的に妥当とは考えられない傷病名であるとして、不適切であるとの指摘がなされています。
また、急性・慢性や左右の別が記載されていない場合や、傷病名以外の事項(感冒、頭痛その他の摘要欄に記載し、又は症状詳記を作成すべき事項)が記載されている場合等につき、不適切であるとの指摘がなされています。
5.最後に
以上のように、診療録への傷病名の記載に関するルールは複雑であり、個別指導においては様々な指摘がなされうるため、日頃から個別指導対策を意識した記載をしておくことが重要です。
もし、「個別指導についてどのような対策を立てたらよいのか分からない」といったことでお困りなら、保険診療の個別指導対策に詳しい弁護士にご相談されるのがよいでしょう。