医療法務コラム
医師の働き方改革~医師の労働時間の上限と健康を守るためのルール~
1.はじめに
令和6年4月から、医師の働き方についての新しいルールが始まりました。これは、医師の労働時間について、①働き方改革を進める中でも引き続き地域医療を守ることができるよう、一般的な労働者よりも上限が高く設けられたルールと、②長時間勤務の中でも医師の健康を守るためのルールという2本柱からなっています。
2.医師の時間外・休日労働時間の上限
診療に従事する医師の場合、法律で認められる年間の時間外・休日労働時間の上限として、以下のとおり、A水準、連携B水準、B水準、C-1水準、C-2水準のいずれかの水準が適用されます。
出典:厚生労働省「医師の働き方改革~患者さんと医師の未来のために~」
(1) A水準
A水準は、臨時的に長時間労働が必要となる場合に、全ての勤務医に対して原則的に適用される水準です。あくまでも上限であり、その労働時間を義務化するものではありません。
(2) 連携B水準
連携B水準は、地域医療の確保のために副業・兼業として他の医療機関に派遣される際に適用される水準です。1つ1つの医療機関では年960時間の水準にとどまっているものの、複数の勤務先での業務によりそれを超える長時間労働が必要な場合に適用されます。
(3) B水準
B水準は、地域医療の確保のために救急医療や高度ながん治療などを担っており、自院内でも年960時間を超える長時間労働が必要な場合に適用される水準です。
(4) C-1水準
C-1水準は、臨床研修医・専攻医が研修のために年960時間を超えるような長時間労働が必要な場合に適用される水準です。
(5) C-2水準
C-2水準は、専攻医を修了した医師の技能研修のために年960時間を超えるような長時間労働が必要な場合に適用される水準です。
3.1860時間が上限とされた理由
厚生労働省によりますと、平成28年と令和元年に行われた調査において、約1割の医師が年1860時間を超える時間外・休日労働を行っていたことから、まずはその上位1割に該当する医師の労働時間を確実に短縮することとして、この水準が定められたということです。
もっとも、B水準・連携B水準は、あくまでも暫定的な特例であるとされており、将来的にはA水準の適用に収斂していくものとされています。実態調査等を踏まえた段階的な見直しの検討を行いつつ、2035年度末を目標にB水準・連携水準は終了することとされています。
4.宿日直許可
医師の時間外・休日労働時間を検討するうえで欠かせないのが、宿日直の許可の有無です。
(1) 労働時間に含まれない
本来業務の終了後などに宿直や日直の勤務を行う場合、当該宿日直勤務が断続的な労働と認められる場合には、労働基準監督署の許可を受けることにより、労働時間や休憩に関する規定は適用されません。上限規制の対象となる労働時間にもカウントされません。
(2) 宿日直許可の基準
一般的な宿日直の場合、許可の基準は、①常態としてほとんど労働することがないこと、②通常の労働の継続ではないこと、③宿日直手当額が同種の業務に従事する労働者の1人1日平均額の3分の1以上であること、④宿日直の回数が、原則として宿直は週1回、日直は月1回以内であること、⑤宿直について相当の睡眠設備を設置していることです。
医師の宿日直の場合、これらに加え、⑥通常の勤務時間から完全に解放された後のものであり、⑦宿日直中に従事する業務は、一般の宿日直業務以外には、特殊な措置を必要としない軽度または短時間の業務に限ること、⑧宿直の場合は十分な睡眠がとりうること等の条件を満たしていることが必要です。
5.医師の健康を守るためのルール
もう一つの柱である医師の健康を守るためのルールは、以下のとおりです。
(1) 面接指導
時間外・休日労働時間が月100時間以上となることが見込まれる医師には、面接指導が実施されます。面接指導では、所定の講習を受けた面接指導実施医師が、睡眠や疲労の状況を確認し、休息が必要と認められる場合には、医療機関の管理者により必要な就業上の措置が講じられます。
(2) 勤務間インターバル
医師の十分な休息時間を確保するために、勤務と勤務の間に休息時間を設ける「勤務間インターバル」のルールが設けられました。医師の心と体の健康を守るためには、前日の勤務から翌日の勤務までの間、連続した休息期間を確保し、仕事から離れることが重要であるため、勤務間インターバルでは、休息時間を細切れに取ることは認められていません。
勤務間インターバルは、原則的として、長時間労働となる医師については、始業から24時間以内に9時間のインターバルを設ける必要があります。なお、宿日直許可のある宿日直に連続して9時間以上従事する場合には、休息が確保できたとみなし、勤務間インターバルに当てることができます。
他方、日中に勤務した後、そのまま翌日にかけて宿日直許可のない宿日直を行うような場合には、この24時間以内に9時間のインターバルを確保できないため、この場合には46時間以内に18時間以上のインターバルを確保することとされています。
なお、シフト上は、インターバル中であっても、緊急で業務が発生した場合は対応することが可能です。この場合、対応した時間に相当する時間分の休息が代償休息として事後的に医療機関の管理者より与えられます。
6.タスク・シフト/シェア
医療機関で働く、医師以外の様々な医療専門職の方々が、それぞれの専門性を活かし、パフォーマンスを最大化することで、医師は、医師でなければできない仕事に集中することができます。また、それぞれの専門性を活かした効率化が進めば、より質の高い医療提供にもつながります。そこで、以下のようなタスク・シフト/シェアの推進が望まれます。
(1) 特定行為研修を受けた看護師
特定行為とは、診療の補助のうち、行為・判断の難易度が共に相対的に高い、法令で定める38の行為をいい、特定行為研修を受けた看護師であれば、医師の作成した手順書により、医師の判断を待たずに特定行為を実施できます。各地域・施設のニーズに合わせて、特定行為研修修了者が活躍することで、医療・看護の質の向上にもつながります。
特定行為研修を受けた看護師が行うことができる特定行為として、直接動脈穿刺法による採血(動脈血液ガス分析)、経口用気管チューブの位置の調整、中心静脈カテーテルの除去、硬膜外カテーテルによる鎮痛薬の投与および投薬量の調整などが挙げられます。
(2) 臨床検査技師
臨床検査技師は、現行の制度の下でも、医師の具体的指示があれば、診療の補助として、病棟や外来での採血業務ができます。
(3) 薬剤師
薬剤師は、病棟や手術室での薬剤管理や、薬物療法に関する患者さんへの説明ができます。
(4) 医師事務作業補助者
医師事務作業補助者は、医師の指示の下で、診断書等の書類の下書き、症例データの登録、患者の搬送などができます。
7.まとめ
日本では、いつ、どこにいても必要な医療を受けることができますが、この、いつ、どこにいても必要な医療が受けられる社会は、一部の医師による極めて長時間の労働によって支えられています。医師の働き方改革を進めることで、さらに安心・安全な医療や質の高い医療を受けることができ、これは医師だけでなく患者さんの双方にとってメリットとなります。関心のある方は、医師の働き方改革に詳しい弁護士へのご相談をお勧めします。