医療法務コラム
医療従事者の労働時間該当性
1.はじめに
医学は高度の専門性を有することから、必要な知識や技能の学習にも多くの時間が割かれます。業務の中には労働時間に該当するのか判断に悩むものも数多く存在します。以下では、医療機関における各業務について「労働時間」に該当するのか検討してみたいと思います。
2.業務ごとの労働時間該当性
(1)宿日直について
ア 労働基準法上の規制
医療機関では、医師や看護師等が当直勤務にあたります。当直のうち夜間に行うものが宿直、日中に行うものが日直です。宿日直は、医療機関に定められた義務でもあります(医療法16条)。
宿日直は、「断続的労働」(労働基準法41条3項)に該当するものとして労働基準監督署長の許可を受けた場合、労働時間規制の対象外となります。
イ 断続的労働について
「断続的労働」とは、監視又は断続的労働に従事する者で、使用者が行政官庁の許可を受けたもの、と定義されています。行政官庁とは、管轄の労働基準監督署長です。つまり、宿日直について管轄の労働基準監督署長の許可を得ることが出来れば、「断続的業務」として労働時間規制の対象外とすることが出来るのです。
許可を受けずに宿日直を行わせている場合、宿日直時間の全てが労働時間となるため、残業代を支給する必要が生じますし、医師の時間外勤務の上限規制に引っかかる可能性もあります。
ウ 断続的業務の許可基準
宿日直を「断続的業務」とするための一般的な許可基準は以下の通りです。
①勤務の態様
・常態として、ほとんど労働をする必要のない勤務のみを認めるものであり、定時的巡視、緊急の文書又は電話の収受、非常事態に備えての待機等を目的とするものに限って許可するものであること。
・原則として、通常の労働の継続は許可しないこと。したがって始業又は終業時刻に密着した時間帯に、顧客からの 電話の収受又は盗難・火災防止を行うものについては、許可しないものであること。
②宿日直手当
宿直勤務1回についての宿直手当又は日直勤務1回についての日直手当の最低額は、当該事業場において宿直又は日直の勤務 に就くことの予定されている同種の労働者に対して支払われている賃金の一人1日平均額の1/3以上であること。
③宿日直の回数
許可の対象となる宿直又は日直の勤務回数については、宿直勤務については週1回、日直勤務については月1回を限度とすること。 ただし、当該事業場に勤務する18歳以上の者で法律上宿直又は日直を行いうるすべてのものに宿直又は日直をさせてもなお不足であり、かつ勤務の労働密度が薄い場合には、宿直又は日直業務の実態に応じて週1回を超える宿直、月1回を超える日直についても許可して差し支えないこと。
④その他
宿直勤務については、相当の睡眠設備の設置を条件とするものであること。
上記一般的な許可基準に加え、医療機関の宿日直許可基準について、厚生労働省から通達が出ています(「医師・看護師等の宿日直許可基準について」(令和元年7月1日付基本発0710第8号))。医療機関の宿日直について許可を得るには、以下の全てを満たす必要があります。
①通常の勤務時間の拘束から完全に解放された後のものであること(通常の勤務時間が終了していたとしても、通常の勤務態様が継続している間は宿日直の許可の対象にならない)。
②宿日直中に従事する業務は、前述の一般の宿直業務以外には、特殊の措置を必要としない軽度の又は短時間の業務に限ること。 例えば以下の業務等をいう。
・医師が、少数の要注意患者の状態の変動に対応するため、問診等による診察等(軽度の処置を含む。以下同じ。)や、看護師等に対する指示、確認を行うこと
・医師が、外来患者の来院が通常予定されない休日・夜間(例えば非輪番日など)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の変動 に対応するため、問診等による診察等や、看護師等に対する指示、確認を行うこと
・看護職員が、外来患者の来院が通常予定されない休日・夜間(例えば非輪番日など)において、少数の軽症の外来患者や、かかりつけ患者の状態の 変動に対応するため、問診等を行うことや、医師に対する報告を行うこと
・看護職員が、病室の定時巡回、患者の状態の変動の医師への報告、少数の要注意患者の定時検脈、検温を行うこと
③宿直の場合は、夜間に十分睡眠がとり得ること。
④上記以外に、一般の宿日直許可の際の条件を満たしていること。
(2)オンコールについて
オンコールとは、医療従事者が緊急時に勤務時間外であってすぐに病院に駆け付けられるように待機している状態のことです。オンコールの労働時間該当性については、実質的に使用者の指揮命令下に置かれていたか、という観点から個別具体的に判断することになります。
オンコールの労働時間性について争われた大阪高判平成22年11月16日判決では、オンコール制度が医師間の自主的な取り組みであり病院の制度として運用されていたものではなかったこと、この制度によりオンコールから解放される日を設けることができたため要請回数も年6~7回程度であったことから、労働時間に該当しないと判断しています。
(3)自己研鑽について
医療従事者は、自らの知識習得や技能向上のために学習、研究を行います。こういった自己研鑽の時間の労働時間性の判断基準について、厚生労働省から通達が出ています(「医師の研鑽に係る労働時間に関する考え方について」(令和元年7月1日付基本発0710第9号))。
この通達によると、所定労働時間内において、医師が、使用者に指示された勤務場所(院内等)において研鑽を行う場合については、研鑽に係る時間は労働時間となります。
一方で、所定労働時間外に行う医師の研鑽は、診療等の本来業務と直接の関連性なく、かつ、業務の遂行を指揮命令する職務上の地位にある者の明示又は黙示の指示によらずに行われる限り、在院して行う場合であっても、労働時間に該当しません。翻せば、その研鑽が上司の明示又は黙示により行われている場合は、労働時間に該当することになります。
3.まとめ
以上のとおり、医療機関における医師等の業務は、一般的な会社員とは異なるため、労働時間該当性について専門的知識が必要になります。もし、不適切な労働時間管理であった場合、多額の残業代等を支払う必要が出る可能性もあるため、医療機関の労務管理については専門家への相談をおすすめします。