医療法務コラム
医療従事者の労働者性
1.はじめに
医療機関には、多くの医師が働いていますが、その全員が労働基準法上の労働者にあたるわけではありません。その具体的な業務態様に応じて労働者に該当するか判断する必要があります。労働基準法上の労働者にあたる場合、法的に厚く保護され、労働時間に関する規制、割増賃金の支払義務、解雇の制限、社会保険への加入義務等が発生します。
以下では、労働者性がどのように判断されるか確認するとともに具体的な医師の労働者性についてご説明します。
2.労働者性の判断基準
(1)労働者性の判断要素
「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所に使用される者で、賃金を支払われる者をいいます(労働基準法第9条)。このことから、労働者性の有無は、使用従属性の有無により判断されます。そして、使用従属性は、①指揮監督下の労働、②報酬の労働対償性の2つの考慮要素により判断されます。しかし、上記①と②の要素だけでは労働者性の判断が困難な場合もあります。その場合は、③事業性の有無、④専属性の程度、⑤その他の事情も考慮して判断することになります。
(2)各判断要素について
ア 指揮監督下の労働
他人に従属して労務を提供しているかどうかを判断します。判断基準は、以下の4つの要素に整理できます。
①仕事の依頼、業務従事の指示等に対する諾否の自由の有無
使用者の仕事の依頼・業務指示に対し拒否する自由がなければ指揮監督関係を肯定する方向になります。
②業務遂行上の指揮監督の有無
業務の内容及び遂行方法について具体的な指揮命令を受けていれば指揮監督関係を肯定する方向になります。
③拘束性の有無
勤務場所及び勤務時間が指定され、管理されている場合は指揮監督関係を肯定する方向となります。
④代替性の有無
本人に代わって他の者が労務を提供することが認められていない場合は、指揮監督関係を肯定する方向になります。
イ 報酬の労務対償性
労働への対価として報酬が支払われているかを判断します。この報酬とは、給料だけでなく手当、賞与等の名称を問わず労働者に支払われるすべてのものをいいます。
ウ 事業性の有無
労働者ではなく独立した事業者といえるだけの事情がないかを判断します、事業性が肯定される場合、労働者性は否定される方向となります。事業性は、以下の要素から判断されます。
①機械、器具の負担関係
業務に必要な高価な機械、器具の費用を労働者が負担している場合には事業性を肯定する方向となります。
②報酬の額
同様の業務に従事している従業員と比べて、受け取っている報酬が著しく高額である場合は事業性を肯定する方向となります。
③その他
上記各事情以外にも、業務遂行上の損害について責任を負う、独自の商号使用が認められている等といった事情は、事業性を肯定する方向となります。
エ 専属性の程度
特定の企業で専属して働いているかに着目します。他社の業務に従事しているといった事情が認められる場合は、専属性が低く、労働者性を否定する方向となります。
一方で、報酬に固定給部分があり、生活保障的な要素を含んでいると認められる場合には労働者性を肯定する方向となります。
オ その他
上記の事情以外にも、その選考過程や給与所得としての源泉徴収の有無、退職金制度・福利厚生の有無等の各事情を考慮して労働者性を判断します。
3.医師の労働者性
(1)臨床研修中の医師
臨床研修中の研修医は、その医療行為について病院のための業務としての性質を有するものの、教育的な面も有することから、その労働者性が問題となります。最高裁は、大学附属病院で臨床研修を受けていた研修医について、その労働者性を判断しています(最判平成17年6月3日)。
最高裁は、「臨床医師は、医師の資質の向上を図ることを目的とするものであり、教育的な側面を有しているが、そのプログラムに従い、臨床研修指導医の指導の下に、研修医が医療行為等に従事することを予定している。そして、研修医がこのようにして医療行為等に従事する場合には、これらの行為等は病院の開設者のための労務遂行という側面を不可避的に有することとなる」と判示し、病院のための労働であったという面を重視して労働者性を肯定しています。
(2)医師資格を有する大学院生
医師が大学院に進学して、大学附属病院で診療を行うことがあります。大学附属病院の診療行為については、演習であるとして報酬が支給されていないこともあります。
このような場合、大学院生は無給で診療行為を行っているため、対価としての報酬の存在が認められず、労働者性は認められないということになるでしょう。
4.まとめ
以上のとおり、労働者性は、医師の業務態様に応じて個々に判断されることになります。労働基準法上の労働者にあたる場合、病院から労働者に対する割増賃金の支払義務等が生じるため、その労働者性の判断は極めて重要です。医師の労務管理にご不安のある方は、是非この分野に詳しい弁護士にご相談ください。