医療法務コラム
病院から出て行かない入院患者への対応方法
1.はじめに
① 入院の必要性がなくなったにもかかわらず、退院しない患者、又は②入院の必要性はあるものの、迷惑行為を繰り返す患者に対し、医療機関としては、どのように対応すればよいのでしょうか。また、強制的に退院させることはできるのでしょうか。
2.①入院治療の必要性がない場合
(1) 過去の判例に鑑みると、医師の応召義務との関係からも、病院が入院治療の必要性がない患者に対し、病室からの退去請求を行うためには、次の要件が必要と考えられます。なお、参考となる判例としては、東京地裁昭和44年2月20日判決や岐阜地裁平成20年4月10日判決があります。
ⅰ)入院治療を必要としないとする医学的判断
入院契約の目的は、病院側において、入院患者の症状を診察し、通院可能な程度にまで回復するよう治療をすることにあり、入院治療の必要性は、医師の医学的、合理的な判断にゆだねられているからです。
ⅱ)他の入院患者への迷惑や病院の業務への支障
対象者の入院を継続することで、他の入院患者に対する治療効果に悪影響を及ぼし、入院事務の円滑な遂行に支障をきたすだけでなく、他の入院を必要とする患者の入院治療の機会を奪うことにもなり、病院の運営上放任しがたい事態を惹き起こしているような場合、退去を認めるだけの必要性があるといえます。
ⅲ)退院請求の意思表示
退院請求の意思表示をすることで、入院を伴う診療契約は終了し、対象者は病室から退去すべき民事上の義務を負います。
口頭で説明しても退院に応じない場合には、退院を要請する旨の書面を交付することで、記録に残すようにしましょう。
3.②入院治療の必要性がある迷惑患者の場合
(1)この場合、病院が対象者である患者に対し、診療契約を解除し、退院請求を行うためには、医師の応召義務との関係から特に慎重に対応することが要求されます。
特に、外来診療の受診を拒否する場合と比べ、より強い正当な事由が必要とされるものと考えられます(医師法第19条第1項)。
正当な事由の有無とは、患者の病状、患者に必要とされる入院治療の内容、治療の緊急性の有無と、患者の入院中における問題行動の内容・程度、病院の業務への支障の程度、他の患者への迷惑の程度、病院と患者間の信頼関係の破壊の有無・程度、退院後の転院先の確保の有無など、諸般の事情を総合考慮して判断することになります。
4.退院請求の具体的な方法
では、退院請求をするにあたって、具体的にどのような方法が考えられるでしょうか。具体的には、以下の順に手続きを進めていくことになるでしょう。
① 任意交渉・調停
まずは、任意で退院をするように交渉します。交渉のプロである弁護士に依頼されてもよいでしょう。
場合によっては、調停手続きを利用して、裁判所や調停委員を交えて話し合いをすることも検討するとよいでしょう。
② 訴訟提起
交渉がうまくいかない場合、裁判所へ提訴することを検討しましょう。
対象者は、訴訟を無視すると敗訴判決が出ますので、対応せざるをえません。
さらに、対象者の治療費などが未払状態であり、その未払額が相当な金額にのぼるような場合には、治療費の未払を理由に入院契約を解除し、病室からの退院請求を行うことも考えられます。
その場合、建物の一部(病室)の明渡請求訴訟のほかに、未払の治療費がある場合は、金銭請求訴訟も一緒に請求することを検討します。ただし、この理由(治療費の未払)のみを根拠とすることは、医師の応召義務との関係から難しいので、ご注意ください。
なお、入院にあたり、連帯保証人、身元引受人もあわせて訴えることで、彼らと話し合いでの和解解決をすることも期待できます。
③ 強制執行
判決が出ても任意で病室を明け渡さない場合、強制執行手続きをとる必要があります。但し、執行官が対象者の入院加療の必要性を危惧し、実際に病室の明渡しまで執行してくれない恐れがありますので、その点にご注意ください。
④ 断行仮処分
対象者が悪質で、より迅速な処理が必要な場合は、断行仮処分を裁判所に申し立てることが考えられます。裁判所が定める金額を担保として提供する必要があります。
迷惑患者の対応に関してお困りの病院・クリニック経営の方は、この分野に詳しい弁護士にご相談ください。