医療法務コラム
相続対策のための、持分の定めのない医療法人への移行
1.はじめに
医療法人には、持分の定めのある医療法人と持分の定めのない医療法人がありますが、現在、相続対策のため、持分の定めのない医療法人への移行が勧められています。
2.持分あり医療法人と持分なし医療法人
平成26年の医療法の改正により、「持分」とは、「定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受ける権利」と定義されました。
「持分あり医療法人」とは、社団たる医療法人であって、定款に、社員資格を喪失した場合の持分の払戻に関する規定や解散時の残余財産の持分に応じた分配に関する規定など、持分に関する規定を設けている医療法人のことをいいます。
他方、定款に持分に関する規定がなく、現に持分が一切存在しないものを「持分なし医療法人」と呼んでいます。
なお、平成18年の医療法改正により、非営利性の徹底と地域医療の安定性の確保のため、持分あり医療法人の新規設立は認められなくなりました。
3.相続における持分あり医療法人のリスク
医療法人は配当が禁止されているため、法人に留保される金額が多額となりやすく、持分の評価額が巨額に上る可能性があることから、以下のようなリスクが想定されます。
(1) 相続が開始した場合
出資者が死亡し、相続が開始した場合、持分の相続により、相続人に多額の相続税の課税が発生するおそれがあります。
この場合、相続人が納税資金を確保するため、医療法人に対して払戻しを請求することが考えられます。上記のとおり、持分の評価額が巨額になるおそれがあるため、医療法人が医業を継続する上で大きなリスクとなります。
(2) 持分の放棄
(1)の事態を避けるため、出資者が事前に持分を放棄する場合が想定されます。この場合、他の出資者に贈与税の課税が発生します。
この場合も、他の出資者による払戻請求のリスクがあります。
また、全出資者が持分を放棄した場合、医療法人に対して贈与があったとみなされ、一定の要件を満たさなければ医療法人が贈与税を支払うこととなります。
4.持分なし医療法人への移行促進策
このように、相続税の支払いのための持分払戻などにより医業継続が困難になるようなことなく、医療法人が引き続き地域医療の担い手として、安定的に医療を提供できるようにするため、以下のように、持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行促進策が講じられています。
(1) 移行計画認定制度
① 認定医療法人
持分あり医療法人であって、持分なし医療法人への移行をしようとする場合、その移行計画を作成し提出することで、厚生労働大臣による認定を受けることができます。厚生労働大臣の認定を受けた医療法人は「認定医療法人」となり、税制優遇措置を受けることができます。
移行計画は、認定日から5年を超えない範囲で移行の期限を定める必要がある他、その期限内に持分なし医療法人への移行を完了するための有効かつ適切な計画であることなどが必要です。
なお、移行計画認定制度の実施期間は、令和8年12月31日までであり、この日までに厚生労働大臣の認定を受ける必要があります。
(2) 税制優遇措置
① 相続税の猶予・免除
相続人が認定医療法人の持分を相続または遺贈により取得した場合、その持分に対応する相続税額については、移行計画の期間満了までその納税が猶予され、当該相続人が持分の全てを放棄した場合は、猶予税額が免除されます。
② 贈与税の猶予・免除
認定医療法人の出資者が持分を放棄したことにより、他の出資者の持分が増加した場合、その放棄により受けた経済的利益に対応する贈与税額については、移行計画の期間満了までその納税が猶予され、当該他の出資者が持分の全てを放棄した場合は、猶予税額が免除されます。
③ 贈与税の課税の特例
持分なし医療法人への移行に伴い、出資者が持分の放棄を行ったことで認定医療法人が経済的利益を受けた場合、贈与税は課税されません。
5.まとめ
このように、相続対策のため、持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行は有効と考えられることから、持分なし医療法人への移行がまだの医療法人の関係者の方は、弁護士等の専門家に相談することをお勧めします。